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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)10785号 判決

原告 日本信販株式会社

右代表者代表取締役 小泉德夫

右訴訟代理人弁護士 森田昌昭

右訴訟復代理人弁護士 神部範生

被告 甲野太郎

主文

被告は原告に対し金二五四万三一二五円及び内金二五〇万円に対する昭和五四年一〇月四日から完済に至るまで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)(1) 被告は、昭和五四年四月二一日、訴外株式会社三越新宿店(以下、三越という)との間で、同店に出品中の伊万里焼大花瓶一個(以下、本件商品という)を代金二八〇万円で買い受ける旨の売買契約(以下、本件売買契約という)を締結した。

(2) 原告と被告は、右同日、本件商品の代金の支払に関し、次のような契約(以下、本件立替払契約といい、本件売買契約と併せ、本件各契約という)を締結した。

(ア)  原告は本件商品の代金を三越に対し立替払する。

(イ)  被告は、右立替金とこれに対する一一パーセントの割合による手数料を昭和五四年七月から毎月二七日限りそれぞれ二〇回の均等割の月賦によって支払う。

(ウ)  被告が分割支払を怠った場合、原告が被告に対し二一日間の期間を定めてその支払を書面で催告したにかかわらず、その期間内に支払わなかったときは、被告は期限の利益を失い残額全部を一時に支払うとともに、期限の利益喪失の日の翌日から年二九・二パーセントの割合による遅延損害金を付して支払う。

(3) その後、本件商品の代金は被告と三越の合意により二五〇万円に変更され、それに伴って原告と被告の合意により立替金も同額に変更された。

(二) 仮に右(一)が認められないとしても、

(1) 原告は、昭和五四年四月ころ、訴外乙山春夫(以下、乙山という)から、同人の知人が三越に自作の陶芸品を出品しているが、売れ残ると次期出品に支障を来すので、名目だけでいいから買ったことにしてほしい、代金は出品者が支払うから絶対に迷惑をかけない旨依頼され、これを信じ、右陶芸品の買主としての名義を貸すことを承諾した。

(2) 乙山は、いずれも被告の買主としての名義を使用し被告を代理して、同月二一日、三越との間では右陶芸品(これが本件商品である)に関し本件売買契約を、また、その代金の支払方法として、原告との間では本件立替払契約を、それぞれ締結し、かつ、その後、三越及び原告との間で本件商品代金及び立替金を二五〇万円に変更する合意をした。

(3) ところで、自己の名において契約の当事者となることを承諾した者は、契約の相手方との関係においては、あくまで自己が当該契約の権利義務の帰属主体となる地位につくことを承認したものというべきである。本件においても、被告は、三越との関係では自己が買主となることを承諾した者であると認められるから、本件売買契約は被告と三越の間に有効に成立したものというべきである。仮に名義人のほかに秘匿された経済上の効果の帰属主体があったとしても、契約の相手方はこれを調査する手段をもたないから、右調査を要求することはできない。

(4) 更に、売買契約の買主となることを承諾した者は、その代金支払方法としての割賦払及び立替払契約の当事者となることを承諾したものというべきである。けだし、売買契約の買主としての名義使用を許諾することは、名義人が特に支払方法を限定しなかった場合には、依頼主に対し支払方法を決定する権限を与え、名義人はこれに従った責任を負うのである。

(三) 仮に右(一)、(二)が認められないとしても、

(1) 被告は、三越に対しては本件売買契約締結の、原告に対しては本件立替払契約締結の、各代理権を乙山に与えた旨を同人を通じて表示した。

(2) 乙山は、いずれも被告の代理人として、三越とは本件売買契約を、原告とは本件立替払契約を、それぞれ締結し、かつ、その後、三越及び原告との間で、本件商品代金及び立替金を二五〇万円に変更する合意をした。

(3) よって、被告は、民法一〇九条に基づき、本件各契約上の責任を負わなければならない。

2 原告は、本件立替払契約に基づき、同年五月五日、変更後の右代金二五〇万円を三越に対し立替払した。本件立替払契約に基づき被告が原告に対し支払うべき月賦金は、立替金分一二万五〇〇〇円(二五〇万円の二〇分の一)と手数料分一万四三七五円(二五〇万円の一一・五パーセントの二〇分の一)の合計一三万九三七五円となる。

3 被告は、初回から右月賦金の支払をしないので、原告は被告に対し、同年九月一二日到達の書面で二一日間の期間を定めてその支払を催告したが、原告は右期間の終期である同年一〇月三日までに支払わなかったため、同日限り期限の利益を失った。

4 よって、原告は被告に対し、本件立替払契約に基づき、立替金二五〇万円と原告が期限の利益を失う前の昭和五四年七月分から九月分までの手数料合計四万三一二五円の合計二五四万三一二五円及び内金二五〇万円(立替金相当分)に対する期限の利益を失った日の翌日である昭和五四年一〇月四日から完済に至るまで年二九・二パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

請求の原因1(二)(1)の事実は認め、その余の請求原因事実は否認し、法律上の主張は争う。

(主張)

本件各契約の締結に当たり、被告の意思を確かめなかったことについて、原告には過失がある。

三  被告の主張に対する原告の反論

争う。原告の社員は、昭和五四年四月二八日、被告方に電話して、対話の相手方が被告であることを確認の上、本件各契約締結の意思があることを確認している。

第三証拠関係《省略》

理由

一1  請求の原因1(一)について

証人丙川一郎の証言中には、昭和五四年四月二一日、同証人が乙山と同行して本件商品を被告が院長を勤める《番地省略》所在の○○○○○○○○クリニック(以下、クリニックという)に搬入した際、同所には被告らしき人物がおり、その者が本件商品を置く箇所について指示し、乙山に対して被告の印の所在を教え、本件立替払契約の契約書等の所要書類に被告の印を押捺することを承諾した旨の供述部分がある。しかしながら、同証人が自認しているように、同証人は被告とは面識がなく、クリニックにいた人物が被告であったというのは同証人の推測にすぎないのであるし、更に、《証拠省略》に照らすと、本件商品搬入の際に被告がクリニックに居合せたことは認められず、かえって、右の人物は、クリニックの共同経営者である戊田松夫であったものと認められる。その他、本件全証拠によるも、被告自身が本件各契約の締結の意思表示をしたと認めることはできないから、請求の原因1(一)の事実は認められない。

2  請求の原因1(二)について

(一)  請求の原因1(二)のうち、(1)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告が乙山に対して与えた右の承諾(以下、本件承諾という)の意義について検討する。

一般に、契約の当事者としての名義を第三者に貸すことを承諾した者は、当該契約の相手方との関係では自己が当事者としてその法律効果の帰属主体になるが、その実質上の経済的効果は名義を借り受けた者に帰属させるとの意思を有するものと推認すべきである。そして、この場合、名義を貸した者が当事者としてする意思表示は虚偽のものではないから、相手方との間においては所期の契約が何らの障害なく成立するものと解すべきである。

本件においても、右(一)の争いのない事実によれば、被告は、要するに、代金の支払に当てるべき資金が出品者から提供され、自己が経済的負担を受けることはないと信じ、三越との関係で自己が買主として取り扱われてもよいという趣旨で本件承諾をしたものと推認され、このような被告の意思は、売買契約の買主の意思として何ら欠けるところはないと認むべきである。もっとも、被告本人は、自分自身が買い受ける意思はなかった旨供述するが、その言わんとするところは、最終的に代金を負担する意思はなかったという趣旨に尽きると解され、仮にそうであったからといって右認定を妨げるものではなく、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  更に、右(一)の争いのない事実によれば、被告は、本件承諾をするに際し、乙山に対して代金額その他の契約内容及び代金の支払方法等の決定について何ら限定をしていない。このような場合、被告は右承諾と同時に、包括的に売買契約締結の代理権及び代金の支払方法を選択し決定する代理権を乙山に授与したものと認めるのが相当である(被告としては、代金の支払資金が事前に出品者から提供され、自己が経済的負担を受けることはないと信じていたのであるから、代金額その他の契約内容及び代金支払方法の決定について特に関心をもたず、乙山に一任することも決して不自然ではない)。

(四)  これを要するに、被告は乙山に対し、本件売買契約の買主名義を貸すことを承諾し、かつ、本件売買契約締結の代理権及び本件立替払契約締結の代理権を与えたものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、本件各契約の締結に当たり、被告の意思を確かめなかったことについて、原告には過失がある旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、本件承諾をした際の被告の意思は本件各契約締結の意思として何ら欠けるところはないのであるから、原告が被告に対して意思を確認すべきものとは解されないし、また、一般に名義貸しの対象となった契約の相手方が名義人に対しその意思を確認したとしても、名義貸しをした以上、名義人が自己が契約当事者であることを否定することは通常考えられない。したがって、原告の右主張はそれ自体失当である。

(五)  《証拠省略》によれば、請求の原因1(二)(2)の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(六)  右の事実によれば、原、被告間の本件立替払契約は、有効に成立したものと認められる。そうである以上、その後乙山ないし出品者と被告間の当初の約束に反し、被告に対し支払資金が支払われないからといって、それをもって三越ないし原告と被告間の本件各契約の効力が失われるいわれはない。

二  《証拠省略》によれば、請求の原因2、3の事実が認められる。

三  以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 西尾進)

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